第70回 知の拠点セミナー
第70回 知の拠点セミナー
講演1 「問題の本質を「取り戻す」数値計算」 / 講演2 「野生動物の健康を評価する環境毒性学」
日時 | 平成30年1月19日(金) 18時00分~20時00分(※17時30分から受付開始) |
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場所 | 京都大学東京オフィス (東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング10階:アクセスマップ) |
プログラム |
講演1:「問題の本質を「取り戻す」数値計算」
降籏 大介(大阪大学サイバーメディアセンター 教授)
現代では、物理・化学・生物から、金融・社会・政治といった分野に至るまで、あらゆる分野で多くの問題・対象を数式によって「モデル化」する時代です。これは、その数式に沿ってコンピュータで数値計算することでシミュレーションが可能になり、その対象の性質が明らかになったり将来の予測が可能になるなど、大変素晴らしい利得があるからです。
しかし、数値計算はあくまで近似計算ですからもとの問題やモデル数式が本来持っている性質を相当に失ってしまうこともあり、そのためにシミュレーションの信頼度が損なわれかねません。これは単に誤差が小さければ良い、という単純な議論にとどまらないことがあります。
本セミナーでは、そうした状況が隠し持つ危険性を示すとともに、そうした場合において問題がもつ最低限の本質、数学的な構造などを失わないように数値解析を行う方法論(構造保存数値解法などとよばれます)、いわば、「問題を筋良くバラバラにする方法」について紹介し、数値計算やシミュレーションを行う研究者がなにができるか、助けになれるようにしたいと思います。
講演2:「野生動物の健康を評価する環境毒性学」
岩田 久人(愛媛大学沿岸環境科学研究センター 教授)
生物は細胞で多くの情報のやりとりをして生命を維持しています。この情報ネットワークは、進化の過程で種特異的な発展を遂げ、生命の設計図であるゲノムやRNAの総体であるトランスクリプトーム、タンパク質の総体であるプロテオームで構成されています。汚染された環境に生息する生物は、ゲノムやトランスクリプトーム・プロテオームを介して、環境汚染物質に反応します。このことは、環境汚染物質による情報ネットワーク撹乱の実態が把握できれば、情報ネットワークが制御する生命維持システムへの影響やその撹乱に伴うリスクについて評価できることを意味しています。
環境汚染物質に対する感受性・反応には大きな種差が存在します。しかしながら今日の科学では、特定のモデル動物の感受性や反応を個々の生物種に外挿する際には、科学的根拠のない不確実性係数を利用せざるを得ない状況にあります。したがって、多様な生物種を対象に環境汚染物質のリスクを評価するには、本来ならば生物種自身の反応を測定する必要があります。
一方、投与実験・試料入手の困難さ故に、モデル動物以外の生物の反応を測定するのは容易ではありません。その結果、多様な生物種を対象とした環境汚染物質の生態毒性試験の必要性は激増していますが、大半の環境汚染物質の毒性は未評価のままとなっているのが現状です。また情報ネットワークの多様性に関して、野生動物や伴侶動物などの生物種に一般化できるほどの知見は得られていません。
本講演では、野生生物の試料を保存するための愛媛大学生物環境試料バンク(通称es-BANK)と、演者らが研究してきた、野生動物や伴侶動物を対象とした環境汚染物質に対する感受性の種差と情報ネットワーク撹乱の成果について紹介します。