第73回 知の拠点セミナー
第73回 知の拠点セミナー
講演1 「チンパンジーから見た心の世界」 / 講演2 「アルツハイマー病を脳の糖尿病として捉える」
日時 | 平成30年4月20日(金) 18時00分~20時00分(※17時30分から受付開始) |
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場所 | 京都大学東京オフィス (東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング10階:アクセスマップ) |
プログラム |
講演1:「チンパンジーから見た心の世界」
友永 雅己(京都大学霊長類研究所 教授)
私たち人間は今から600万年ほど前にチンパンジーとの共通祖先から枝分かれして独自の進化の道を歩み始めました。この雄大な時間の流れの中で、私たちの心はいかに進化してきたのでしょうか。心は化石に残ることはありません。しかしながら、私たち人間に近縁な現生種間の比較を通じて心の進化がたどってきた道筋を再構成し、そのストーリーをもとになぜそのような進化が生じたのかを探るという手段があります。このような学問を私たちは比較認知科学と呼んでいます。
私たち人間の心の特徴は一体なんでしょうか。それは一言でいえば、「絆を求める心」であるといえるでしょう。私たちは他者とのかかわりの中でしか生きていくことができません。このような社会的な心、あるいは他者とつながる心の進化的な起源を理解することは、現代の人間社会に生じている様々な現象を理解するうえでも重要なことであるといえるでしょう。
本講演では、チンパンジーにおける「社会的な心」についてのこれまでの研究を、進化的側面、発達的側面、そして文化的側面から概観し、「チンパンジーの心を探る」ことによって得られる「人間の心の理解」への示唆について考えてみたいと思います。
講演2:「アルツハイマー病を脳の糖尿病として捉える」
中別府 雄作(九州大学生体防御医学研究所 教授)
World Alzheimer Report 2015によると、2015年現在、世界中で4,600万人以上の人々が認知症に苦しんでいる。この数は高齢者人口の急速な増加により、2030年には7,400万人を超えると推計されている。わが国でも高齢者人口の急速な増加とともに認知症患者が増加しており、厚生労働省の推計によればその数は現在500万人を越えるとされている。最近の研究から、インスリン抵抗性や糖尿病がアルツハイマー病(AD)を含む認知症発症や進行の危険因子となることが報告され、糖尿病患者の増加が原因で認知症高齢者が増加している可能性が示唆されている。しかし,なぜ糖尿病がADの危険因子となるのか,その分子メカニズムはよく理解されていない。
我々は,ADをはじめとする認知症患者の脳における遺伝子発現プロファイルの変化を明らかにすることで,認知症発症の危険因子とその分子メカニズムを遺伝子レベルで解明できるのではないかと考え、九州大学で1961年から半世紀以上にわたって継続されている久山町研究に献体された方の死後脳を用いて遺伝子発現プロファイルを詳細に解析し、さらにその結果をADのモデルマウスの脳における遺伝子発現プロファイルと比較した。その結果、精神疾患やADに関連する遺伝子群に加え、両者に共通してインスリン産生とインスリン応答に関与する遺伝子群の発現が顕著に変化していた。AD脳におけるこのような遺伝子発現の変化は、末梢のインスリン抵抗性や糖尿病とは無関係で、ADに特徴的な病理変化がインスリンの産生低下とインスリン不応答を引き起こすことが明らかとなった。
AD脳では、アミロイドβの蓄積などによりインスリン産生やインスリン応答が低下するために、認知機能に重要な海馬の神経細胞がミトコンドリア機能障害やエネルギー枯渇に陥り、認知機能障害が引き起こされる。糖尿病はこのような脳の病態を増悪すると考えられる。